日本一の宿 

日本一の宿、と僕が勝手に呼んでいる宿がある。宮城県石巻市北上町の追分温泉だ。僕はこの8月初旬に再訪した。山の中にぽつりとある、静かな温泉宿である。


まずはお風呂。温泉の質はとくにどうということはないが、カヤの木でできた浴室は、いつ入ってもホッとする。宿全体が木でていねいに作られており、古い小学校の雰囲気。とにかく落ち着く。


そして料理。宿の主人自身が料理人で、地元の素材を使った、地味にゴージャスな料理を出してくれる。僕はこの宿に延べ10泊以上くらいしているが、どの日も大満足の料理。


そして料金。5,700円から1,000円刻みの料金体系だが、僕は5,700円のランクしか頼んだことがない。値段の違いは料理の違いだが、5,700円で何の不満もない。


そして働いている人たち。ここでは、地元の集落の女性たちがたくさん雇われていて、毎日せわしなく働いている。変にお客にこびるわけでもなく、ちょうどいい感じの接客をしてくれる。


主人の横山宗一さんが、「かつて、料理人として、茶碗蒸しの問題に頭を悩ませました」、と語ってくれた。「はて?」と耳を傾けると、「地元では、茶碗蒸しは少し甘めなのです。それが遠方からのお客さんには少し慣れないようで、甘さ控えめに作ったほうがいいかと思った時期がありました。しかし、この宿は、地元の人、宮城の人をまず考えたいのです。地元のお客さんが来てくれることが、まず大事です。そう考えて、茶碗蒸しは甘めのままにすることにしました」


そんな姿勢がまたいい。そんな姿勢が、この旅館には、あふれている。