早坂隆『ルーマニア・マンホール生活者たちの記録』

来月、ドナウ・デルタのヨシ原を調べに、ルーマニアに行くことになった。しかし、ルーマニアについて何も知らない。コマネチ、チャウチェスク、くらいしか思い浮かばない。ルーマニア語がラテン系の言葉だということも、最近知ったばかりだ。


本屋でたまたま早坂隆『ルーマニア・マンホール生活者たちの記録』(2003年、現代書館)という本を見つけた。マンホールに人が住んでいる? まったくもって人を引きつけるタイトルだ。読んでみよう、と買って帰った。


これは実におもしろく貴重なルポルタージュだった。ルーマニアの首都ブカレストのマンホールの中で生活するホームレスの人たち。差別されているロマの人たち(いわゆるジプシー)のみならず、ルーマニア人ホームレスも多数いる。孤児院を脱走してマンホールに住む若者たち。マンホールで生まれる子供たち。早坂氏は、彼らの元に通い、心を通わせ、彼らの視線でルーマニア社会を、そして世界を見る。彼ら自身のどうしようもない部分も、ときに突き放して、しかし暖かく描く。チャウチェスク時代のアホらしさ、その後のルーマニアの資本主義のゆがみ、EU加盟の光と陰。マンホール生活者たちとルーマニア社会全体の状況が、交差しながらたくみに描かれる。


文章がうまい。構成もうまい。若い才能に若干嫉妬しながら、一気に読んでしまったこの本は、最近の読書の中でも、出色の一冊だった。


「マンホールの中の吸い込まれそうな闇は印象的だった。しかし本当の問題はこの地上に存在する暗い闇である」(p.198)


[追記 2008.1.30]

目立たないこの本は、もっと読まれる必要がある、と思っていたら、2008年1月、文春文庫で再版された。著者は近年「世界のジョーク」シリーズで売れているので、著者名で売れるかもしれないという判断があったのか、いや、やはり中身で売れると考えたのか、いずれにせよ、うれしいかぎりだ。鎌田慧さんが解説を書いている。