【21】コウノトリと地域づくり

兵庫県豊岡市でコウノトリが野生復帰したという話は、今や旭山動物園や大間のマグロ一本釣りやギャル曽根の食いっぷりと並んで、テレビが好む話題となっている。とくに関西に行くと、毎日のようにテレビでコウノトリの様子が放映されている。


そんなコウノトリの野生復帰を手がけている兵庫県立コウノトリの郷公園から、池田啓(ひろし)さんを呼んで、昨年十月に北海道大学でシンポジウムを開いた。


池田啓さんは、もともとタヌキの専門家なのだが、文化庁でも働き、そして現職に至るという変わりダネの生態学者である。


日本のどこにでもいたコウノトリ。そのコウノトリが日本で絶滅してしまってから四半世紀が経つ。そのコウノトリを野生復帰させようという事業を、池田さんたちは、単にコウノトリの話だけにとどめなかった。「コウノトリを野生復帰させようと思って考えている田んぼというのは、本当のところは生産の場なのです。きれいだなあとか、メダカがいていいなぁとか、カエルが住んでるんだなあとかいう場所ではなくて、米を作る場所なのです。この米を作る場所のことを考えない限り、コウノトリのことは考えられない」。つまり、「コウノトリの野生復帰とは、実は地域社会をどのようにして再生していくかという問題でもあったのです」。


農薬を大量に使う田んぼでは、コウノトリは生息できない。そこで豊岡市では、コウノトリにやさしい農業を模索している。もちろんそれが単に農家の負担になるだけでは意味がない。コウノトリを育んでいる田んぼでとれたお米であるということをブランド化し、農家にもメリットがあるようなしくみを作った。


その豊岡市で、二〇〇四年、水害が起きた。バスの上で一晩明かした人たちの映像が全国に流れた。もともと洪水が起こりやすい地形だった。池田さんたちは、一見コウノトリと関係なさそうなこの水害の問題にもかかわりはじめる。そうやって調査を始めると、昔から家が建っているエリアは、洪水が起きても大丈夫なような土地を高くして家を建てていることが分かった。荒ぶる自然を受け入れるこうした知恵が、つまりは、コウノトリの野生復帰とつながるのだ、と考えた。「有益な自然のみとやっていくということではなく、その地域に固有の荒ぶる自然も引き受ける必要があるのではないか、ということです。そういう姿勢を持つと、実は、田んぼというのは米を作るところだというような均一な価値ではなくて、田んぼにいざとなったら水を入れることによって、遊水地にすることによって、洪水も防げるか、あるいは田んぼに生き物が戻ってくるという生物多様性という価値も田んぼの中に見出せるかもしれない。そうやって、価値を多元的に見ることによって、余裕を持つことによって、さまざまなもの、GDPに換算できないものを私たちは引き受けることができるのではないかという風に考えます」


コウノトリの野生復帰から始まった活動は、こうやって必然的な流れとして、地域づくり全体へ広がっていった。池田さんはこのことを「狂言回しとしてのコウノトリ」と呼んでいる。