筑紫哲也さん

筑紫哲也さんが11月7日になくなった。


筑紫さんの追悼番組などを見ながら、僕は少し涙してしまった。もちろん筑紫さんと直接面識があったわけではないから、涙するのはちょっと変だと自分でも思うが、ああ、この人に影響を結構受けてきたんだなあ、と気がついた。


筑紫さんは、新聞、雑誌、テレビという3つのメディアで常に前に出てきた。顔を出して、はっきりとものを言った。「テレビ局の人間は前に出ない」といつか筑紫さんが言っていたのを思い出す。ジャーナリズムとは、実は顔をちゃんと出すことではないか。


「ジャーナリズムとは」が、筑紫さんの口癖の一つだったように、一視聴者の僕は思う。そこには少し旧いジャーナリズム観が潜んでいるなと思いつつ、何とか自分なりに解釈しようと試みた。


忍耐強く穏やかに深く、この世の日常(ジャーナル)を伝えることを筑紫さんはこの番組で目指したように僕は思う。ニュース23が「文化」を重んじたのもその一つだった。テレビでどこまでやれるのか、そういうテレビ・ジャーナリズムの実験がニュース23の随所にあった。


ご冥福をお祈りします。