【45】大英博物館から

ロンドンの大英博物館を訪れた。


多くの観光客が集まるこの博物館には、イギリス人が世界中から力の限りを尽くして集めて(盗んで)きた数々の至宝が並べられている。もっとも世界中と言っても、中心はエジプトなどの中東。


近ごろの博物館は、系統だって何かがわかるような展示が主流だが、大英博物館は、展示物そのものの圧倒的な凄さを軸にディスプレイされている。なんといっても一つ一つの展示物が、その背景説明に莫大な時間がかかりそうな代物ばかりだから、そんなことをしていたら、展示スペースがいくらあっても足りないのは理解ができる。


Planet Under Pressureという、リオ+20(六月にブラジルで開かれる国連持続可能な開発会議)の前哨戦として開かれた科学者の会議に参加するために初めてロンドンを訪れた僕は、ついでとばかり、かねて行きたかった大英博物館を訪問した。今年の三月だ。


遠い昔のモノ群と向き合っていると、何でこんなものを作ったのか、なぜ人類はこんな文明を作りあげたのか、生活していた人たちは幸せだったのか、などなど、思索が楽しい。(そう言えば、池澤夏樹さんはここの展示を出発点に世界を歩き、『パレオマニア:大英博物館からの十三の旅』という魅力的な本を書いている。この本、とても好きだ)


何でこんなものを作ったのか、と感慨深く眺めた一つは、紀元前七世紀の中東の王国リディアが発明した「お金」。世界初の「お金」だ。その後世界を席巻し、今や地球を支配している「お金」というものは二六〇〇年前に今のトルコで生まれたのだった。このリディアの貨幣、今の貨幣とほぼ同じ大きさで、金と銀の合金でできている。ライオンや馬などが描かれたその文様はたいへん美しい。二六〇〇年前、リディアの人々は、このお金をどのように使いこなしたのだろうか、このお金に翻弄された人もやはりいたのだろうか。


一つ一つのモノが、さまざまな空想をさせてくれる。しかし、大英博物館を歩いていると、すぐわかることの一つは、戦争や権力を誇示する展示物がたいへん多いということだ。


パレスチナ南部の古代都市ラキシュをアッシリアが紀元前五八六年に軍事制圧したのを記念して作られた巨大なレリーフは、大英博物館の一部屋に収まりきらない大きさである。そこまで大きなものを作る必要があったのか、とも思えるぐらい。この大きさそのものも力の誇示なのかもしれない。この石でできたレリーフには、アッシリア兵が町を攻撃する様子、殺される人々、難民化するラキシュ住民たち、そしてアッシリア軍の勝利の行進、が生々しく描かれている。


そのほかにも、大英博物館は、戦争を讃えたり権力者の力を誇示したりする展示物にあふれている。ラキシュのレレリーフから二五〇〇年後の二〇世紀もまた、圧倒的な戦争の世紀であり、難民の世紀だった。それは二一世紀も続いている。戦争はやはり人類の性なのか。それはいつ始まり、いつ終わるのか。