【53】石巻の復興とともに(その6)進まない高台集団移転

復興とは巨大なしくみだ、と思う。僕らに見えているのは、そのごく一部。全体をちゃんと把握できているものは、たぶん誰もいない。


それでも基本は、被災者一人ひとりのリアリティ。そこから始めるしかないし、いつもそこに立ち戻る必要がある。


八月、石巻市北上町で、僕らは一年ぶりに集中聞き取り調査を行った。震災以来ずっと復興のお手伝いをしている地区だ。研究者・学生・復興応援隊の総勢一一名で、八月後半の九日間、手分けして三〇名近くの聞き取り調査を行った。


震災から二年半。住民たちの多くはまだ仮設住宅住まいだ。「何も進んでいない。一〇年後もこのまま仮設で暮らしているのではないかとさえ思ってしまう」(女性、三五歳)。そんな諦観のような雰囲気さえ漂っている。実際の仮設生活は、「顔を知っている人が多いから、和やかな雰囲気で過ごしています」(男性、六九歳)、「仮設にいたらお茶っこできます」(女性、七六歳)(「お茶っこ」とは、お茶を飲みながらの歓談)という面があるものの、一方で、「やはり息がつまる。家の中も暑い。子供が騒がしくすると近所が気になる」(男性、四一歳)、「不具合が出てきている。窓が開かなくなったし、お風呂の扉も取れてしまった。建物自体も傾いている」(女性、三五歳)という現状もある。早く出たい、というよりも、みんな早く自分の家に入りたいと思っている。


しかし、肝心の高台集団移転がなかなか進まない。住民の合意は早く進んだものの、そこから先が進まない。行政上の手続き、地権者との交渉など、いくつものハードルがある。少しずつは進んでいるのだが、それが住民たちには見えにくく、「せっかく早く合意したのに、何で工事が始まらないんだ」と多くの住民たちがいらだっている。住民の危惧は、早く進まないことだけでなく、早く進まないことで出て行く人が増えていることだ。「うちの集落では、当初集団移転に参加する予定だった人の二割ほどが、待ちきれずに外の地域で家を建てたりして、集団移転から抜けてしまった」(男性、四一歳)。「早くしないと心変わりしてもっと多くの人が出て行ってしまわないか心配」(男性、六三歳)。「自分の母ももう高齢だし、早くみんなで新しい家に住みたい」(男性、六三歳)。


このあたりは、簡単ではない。住民の合意には時間がかからざるをえないし、地権者との交渉はいつも簡単ではない。一方、住民の一人一人もそれぞれの事情をかかえている。住民も行政も、みな解けない方程式を解こうとしている。


「細かい内容でも良いから情報がもっと欲しい。進捗状況を伝えてほしい。同じ待つのでも違ってくる」(男性、七〇歳)。継続的に情報提供して、一人ひとり見通しが立てられるようにすること、が当面重要だろうか。


集団移転後のコミュニティのあり方も課題だ。北上町で九つの高台集団移転が計画されているが、そのほとんどが、元の集落そのままの構成ではなく、いくつかの集落から人が集まってくる形になっている。そうすると、これまでの集落での神社や祭りはどうなるのか。伝統的なしくみがたいへん大事な地区だけに、そこが課題となっている。これについては、さまざまな意見がある。元の集落の組織や行事はそのまま残そうという人、いや、新しいコミュニティでそれらは再編しようという人。「移転してからも、それぞれ以前所属していた集落のつながりはあると思うのでしばらくは様子を見た方がいい。いずれ話し合うべき問題点が出てくるだろうと思うので、その時に自然発生的に新しいコミュニティが生まれるだろう。無理に新しいコミュニティを作ろうとすると、きっとうまくいかないだろう」(男性、六八歳)、とある地域リーダーは語る。


震災の被災地全体で、現在集団移転が計画されているところが三〇七地区、そのうちすでに着工されているのは、三六パーセントにあたる一一一地区でしかない。北上町でも九地区の計画のうち、まだ三地区しか工事が始まっていない。