【54】本をつくる

本をつくるという作業は一つではない。


今年は柄にもなく三冊も本を出したが、その作られ方は三者三様だった。


一冊目は『なぜ環境保全はうまくいかないのか』という本。新泉社という出版社から出してもらった。これは、ここ何年か仲間の研究者たち(環境社会学、民俗学、生態学などの人たち)と行っている研究の「成果」で、僕が編者になって一三名の研究者が書いた。文科省の科学研究費というお金(ほとんどの研究者はこの科学研究費というものを使って研究しています)を使って行ってきた共同研究だ。共同研究と言っても理系みたいに一緒に実験室にこもってとかはないので、それぞれが調査して考えた内容を研究会で議論しあい、アイデアを練り上げていく、という感じの「共同研究」だ。執筆者と僕と新泉社の編集者との三者の間で原稿が行きかい、侃々諤々しながら本ができていった。最初の人が原稿を出してから出版されるまで一年半かかった。しかし、そうした作り込みが功を奏したか、タイトルがよかったか、この手の本としては売れ行き好調。


二冊目は、「単著」(一人で書いた本をこう呼ぶ)の『グループディスカッション学ぶ社会学トレーニング』という本で三省堂から出した。こちらは、調査費ゼロ。長年僕が大学で行ってきたディスカッション主体の授業を誰でもできるように作った「ワークブック」だ。蓄積があるから簡単に作れると思いきや、実際の授業と本とではやはり違っていて、結構苦労した。目指したのは、実際の授業やワークショップで使ってもらえる実用書。


そして三冊目が『かつお節と日本人』(岩波新書)。これは藤林泰さんとの共著。藤林さんと僕は同じ「鶴見良行スクール」の人間で、長いつきあい。その藤林さんと始めたカツオ・かつお節研究会という民間の研究グループの成果を二〇〇四年に『カツオとかつお節の同時代史』(コモンズ)という形でまとめ、それをさらに追加調査して新書にまとめたのが今回の本。これは文字通り「共著」で、執筆分担をして、それぞれの原稿に手を入れ合った。共著というよりも合作。いくら長いつきあいとは言え、お互いの文体も違うし、何よりかつお節に見ているものも同じではない。それをたたかわせながら、ときにお互いに妥協しあいながら、合作していくという作業は、楽しい作業だった。藤子不二雄やエラリー・クイーンや岡嶋二人の合作はこのようなものだったか(いや、ちがうだろうが)。


本をつくるという作業は、楽しいぞ。