【73】アザラシによる漁業被害を聞く

この一年くらい、北海道の漁村を回ることが多くなった。

 

北海道の漁業は、大規模なものから小さな規模のものまで、地域によってさまざまだが、僕が回っているのは、比較的小さな規模の漁業が多いエリアだ。とくに日本海側の漁村を回っている。

 

きっかけは、ゴマフアザラシ。

 

ゴマフアザラシは、夏の間サハリン周辺で生育し、冬に北海道周辺にやってきて繁殖し、夏になるとまた北に戻る。しかし、近年ゴマフアザラシは、北海道沿岸で頭数を増やし、さらに夏の間も北に帰らないものが多くなってきた。そのせいで、刺し網などの漁業に大きな被害が出るようになった。アザラシの専門家の小林万里さん(東京農業大学)は、「放っておくとシカと同じく大問題になる」と警鐘をならす。

 

北海道庁は、このゴマフアザラシについて鳥獣保護管理法に基づいた「特定鳥獣保護管理計画」を二〇一四年に立て、適正な管理を目指すことになった。その計画立案と進行管理のためにアザラシ管理検討会が設置され、僕もそのメンバーになった。

 

野生動物の管理には、継続的なモニタリングが重要だと言われる。アザラシのモニタリングは小林さんたちが地道に行っている。しかし、一方、漁業被害についてもモニタリングが必要だ。どこでどのくらい漁業被害が出ているのか。漁師たちはどう認識しているのか。

 

従来そうした漁業被害は、各漁協が、引きちぎられた魚の数や、破られた網の数などをもとに「計算」をし、それを数字として北海道庁に上げるというやり方が行われていた。僕は、そうした数字は実態を必ずしも示さないだろうと考え、聞き取り調査を提案し、そして、自分でやることになった。

 

礼文、稚内、留萌、天売、焼尻といったところを昨年から回り、漁協に、また、漁師たちに話を聞いていった。単にアザラシの被害を聞くだけでなく、その地域の漁業全体の状況を聞いて、その中にアザラシ被害を位置づけることにつとめた。また、同様の被害をもたらしているトドやオットセイについても合わせて聞くようにした。

 

ある漁協では、「周年で刺し網に大きな被害がある。春・夏はホッケの刺し網が被害に遭い、冬はタラの刺し網が被害に遭っている。アザラシの被害だけでなく、トドやオットセイの被害も大きい。数は少ないがタコ漁も被害に遭っている」。

 

別の漁協では、「春のヤリイカの定置網の被害が大きい。この時期は漁師の多くが共同でヤリイカの定置網を操業するのだが、ちょうどアザラシが多く来る時期で、毎年被害に遭っている。アザラシが定置の中に入ってイカを食ってしまうのだ。ただ、今年(二〇一七年)はヤリイカが全然来なかったので「被害」もなかった。一方、今年は九月からのホッケの刺し網が豊漁で、その分、アザラシにも多く食われてしまった。網もボロボロにされた」

 

漁業被害はたしかにある。しかし、単純ではない。いくつかの地域で聞いたのは、被害に遭うことがわかっているから、もうそのエリアでのその漁法(たとえば定置網)をやめてしまった、という話だ。これはそもそも漁をしていないから、「被害」としては表に出てこない。また、豊漁だとその分食われる分も多いから「被害」も大きくなる。そもそも漁が少ないと、「被害」も小さくなる。

 

漁師によっても、被害認識がさまざまだ。近いところで漁をしていても、それほど被害に遭っていないという認識の漁師もいれば、被害に遭っているという認識の漁師もいる。トドによる被害かアザラシによる被害かはっきりしないものも多い(トドの被害は北海道庁でもまた別の部署の担当で、別の枠組みの対策になる。これも問題だ)。

 

そうした声をていねいに拾っていけば、なんとかだいたいの全体像は見えてくる気がする。しかし、状況は刻々と変わるので、その全体像は明日にはまた変わるかもしれない。人と自然の関係はやはり難しい。